今回はドラマ「Three Kingdoms」の劉備について。
蜀の初代皇帝で三国志演義※1、横山光輝の三国志等たくさんの三国志関連の物語で主人公を務めますが、「Three Kingdoms」でも曹操と並ぶ前半の主人公です。
※1 三国志演義・・・中国明の時代に書かれた、後漢・三国時代を舞台にした通俗歴史小説。正史(歴史書)三国志をもとにしつつも民間伝承や講談なども取り入れ「三国志」の普及に大きな役割を果たした。中国四大奇書の一つ。
演じるのは于和偉(ユー・ホーウェイ)。1971年生まれの俳優で、「Three Kingdoms」の監督、高希希(ガオ・シーシー)の作品にも何度も出演しているようです。
この作品の劉備は三国志演義での劉備とは少し違い、従来の聖人君子的イメージを踏まえつつも正史に記述されるようなしたたかさ、才略も備えた英雄として描かれています。
僕は蒼天航路※2の劉備を見てかなりのショックを受けたことがあったので、「Three Kingdoms」での劉備にはそれほど抵抗はありませんでした。
※2 蒼天航路・・・1994年から2005年まで「モーニング」に連載された 原作・原案 李學仁 、作画 王欣太 による三国志漫画。それまで蜀を中心に描かれる三国志作品が主流だった中、魏の曹操を主人公 に新しい解釈と豪快なタッチで描き累計発行部数1800万部を超えるヒット作となった。
さてこの「Three Kingdoms」の劉備なんですが、僕は魯粛と並んでこのドラマの中でもっとも好きな登場人物です。呉との荊州問題では「劉備(及び劉備軍)って最低だな」と思わないこともないのですが、役者さんも吹き替えの声優さんも相当のハマり役だったと思います。作中では激昂することも何度かありましたが、基本的には正史の「感情を表に出すことが少ない」という記述の通り人前ではポーカーフェイスを貫き、何を考えているかわからない、本心を知られないような人物だったと思います。表情豊かな曹操といい対比が出来ていました。
従来の三国志作品では「聖人君子」風に描かれることが多く、英雄としてよりも苦労人の側面が強いように見受けられる劉備ですが、このドラマでは生き残って然るべき、曹操にも匹敵する英雄らしさが出ていたと思います。劉備って戦下手とか本人はあまり優秀じゃないってイメージがあるようなんですが、そんな人間があの戦乱の中最後まで生き残り皇帝にまで上り詰めることは不可能だと思います。もちろん部下の助けもあったのでしょうが彼自身に才能と大望がないととても成し遂げられることではありません。三国時代を代表する傑物の一人です。
ちょっと気になったので劉備を演じた于和偉のことをネットで調べてみたのですが、すごいですね。現代劇の衣装を着ている写真を見ると、顔はたしかに劉備なんですが雰囲気が全然違う。髪型に違和感があるからかもしれませんが、そこまでカッコよく見えない(すいません)。もちろん男前なんですが、劉備を演じているときが良すぎたので。あの俳優がここまで劉備になりきるとは・・・。レベルが高い。劉備役に抜擢した高希希監督もさすがです。于和偉とは何度も共演していて、彼の魅力や演技力のことを評価しての配役なのでしょうが、「劉備役」ってかなりの大役ですからね。
ちなみに今作で劉備を演じた于和偉は、後に同じ高希希監督による歴史ドラマ「項羽と劉邦 King's War」で秦の始皇帝を演じています。劉備と始皇帝が同じ役者って皮肉だな、とも思うのですが、この始皇帝役でも于和偉はかなりの存在感を放っていました。この配役からも高希希監督は劉備を「善人」としてよりも「帝王」として捉えていたのではないでしょうか?監督が配役を決めたかどうかは定かじゃないんですが。
作中での劉備は本心を隠しお世辞みたいなセリフを平然というのですが、これは時代劇のいいところですね。現代劇だと重すぎたりクサすぎたりするセリフや「そんなん誰もいわねーよ」といったセリフが時代劇では普通に使えますからね。「この劉備、取り柄のない男だが剣術だけは誰にも負けんぞ」とかはカッコよかったです。また龐統の見た目が冴えないことから彼を閑職に就けた後、張飛の報告から大賢人であることを知ったときの手の平返しもよかった。「しまった!見た目で人を判断して失敗した!」。慌てて龐統のところへ向かうのですが張飛らに「今夜は奥方と月見の約束をしているのでは?」と止められても「月など毎晩出るが賢者は一度失えば終わりだ!」と意に介さず、龐統のもとへ到着したときも龐統が起きるまで待っていて(これは三顧の礼の際に孔明にもした)龐統が起きてからは大変丁寧に接したのも全然芝居じみておらず劉備の本心からの行動に見えました。これが曹操だったら完全に計算でやっているように見えるんですが。
それと漢中争奪戦での曹操との会話もカッコよかったですね。
劉備 「私は18年間、この日を朝な夕なに待ちわびていた。来年の今日、そなたの墓参りをしよう」
曹操 「本気でわしと戦うつもりか」
劉備 「空威張りだとでも思うのか?」
その後しばらくにらみ合うもお互いの陣に戻り剣を抜く二人。一気に号令をかけて両軍が激突します。あと、関羽との別れのシーンも泣けましたね。作中唯一の非現実的な演出(アクション除く)でした。
ただ、劉備の存在感が強すぎて諸葛亮の印象は弱まってしまいました。出師の表も劉備があれだけの英雄だと感動が薄れてしまいますね。劉備が無能だったり善人に思えたほうが感動するんでしょうか?
またまた脱線の時間です。実際の劉備について少し考察します。
「酒を煮て英雄を論ずる」の場面や曹操自身「劉備はわしと同等である。ただ策略を思いつくのがわしより少し遅いだけだ」と言っていること。陳登に「傑出した雄姿を持ち、王覇の才略を具えている点ではわしは劉玄徳を尊敬している」と言われていること。陳寿にも「思うに漢の高祖(劉邦)の面影があり、英雄の器であった。(中略)権謀と才略にかけては魏の武帝(曹操)に及ばず、そのため国土も狭かった」と評され、正史三国志本文にも「魏では蜀にはただ劉備がいるだけだと思われていた。そのため劉備が死ぬと魏の人々は安心しきっていた。それが諸葛亮が兵を率いて侵攻してきたために魏は騒然となった」と書かれていること。曹丕に外征を諮問された賈詡が「私が群臣を見渡すに劉備、孫権と渡り合えるものはいません」と反対していることなど同時代人で彼を評価する言葉や人物は大変多く、それが民間伝承や講談、時代の流れにより三国志演義での劉備像が確立していったと思われます。水滸伝の宋江の影響もあるかもしれません。宋江が三国志演義の劉備に影響されたと考えることもできますが。
戦争でも劉備が負けたのは曹操、呂布(高順)、陸遜と当代随一の名将たちばかりであり、それ以外の相手にはほぼ勝っている。戦場で負けても生き残る、また馬謖への人物評や黄忠、魏延、諸葛亮、龐統を抜擢したことなど人物眼の確かさなどからもかなりの人物だったことが伺えます。あの傲慢な関羽が、劉備だけは敬愛していたほどですし。
この関羽絡みで、正史で大変好きな箇所があります。それは「黄忠伝」での記述です。
黄忠は老齢ながらその勇猛さは三軍の筆頭に数えられ、入蜀戦、漢中争奪戦でも功を立てました。劉備が漢中王に即位する際、前将軍に関羽、後将軍に黄忠、左将軍に馬超、右将軍に張飛を任命するのですが、諸葛亮がこの人事に意見します。「もともと黄忠の名声は関羽、馬超と同等ではありません。それを急に同格の地位につけようとしています。張飛、馬超は黄忠の活躍をその目で見ているので今回の人事の意図を理解するでしょうが、遠く荊州にいる関羽だけは納得しないかと」結局劉備は自分が関羽を説得すると言ってこの人事を通しますが、案の定関羽は黄忠と同列になったことをめちゃめちゃ怒ったのでした。
この諸葛亮のセリフの「張飛と馬超は黄忠の活躍を見ているので人事の意図を理解するでしょうが」の部分がすごく好きです。それだけ黄忠が漢中争奪戦で活躍したこと、その活躍を見た張飛と馬超は不満を言う人間ではないことが伺えていいですね。軍人同士認め合えるということなのか。まあ馬超は仲間になったばかりで不満なんて言えなかったかもしれませんが。
めちゃめちゃ脱線しましたが、結局何が言いたかったのかというと、劉備は善人で人を惹きつける魅力だけが取り柄の人間ではなく、地頭もよく知恵も度胸もあって人を見る目もあった器の大きい人間であったということです。これは劉邦にも当てはまります。だから陳寿は劉備を「漢の高祖の風あり(劉邦の面影がある)」と評したのでしょう。
ここでやっと本題に戻りますが、「Three Kingdoms」では英雄としての劉備がよく表現されていました。吹き替え版の声優、家中宏氏の声質も演技も大変あっていました。蒼天航路の劉備も正史寄りなんですが、少し下品過ぎるのと不思議な天運や魅力はあっても基本無能に書かれている点で「Three Kingdoms」のほうが個人的には好きでした。
次回は呉の孫権について書こうと思います。ただ曹操や劉備より大分短い記事になりそうです。
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